真冬の冷たい風が湖面を荒立て、雪まじりの雨が降る真冬の日。宍道湖にはいつもと変わらず、大きな「ジョレン」とともに漁に乗り出す漁師の姿がありました。

日本一のヤマトシジミの産地、宍道湖では、地域の漁師たちが自らルールを定め、シジミの資源管理を進めています。宍道湖のしじみ漁における資源管理の最大の特徴は、「漁獲量制限」を漁師自らが定めてきたという点です。

宍道湖のしじみ漁を未来につなぐため、厳しく柔軟に資源管理を進める取り組みを、メンバーシェフとともに学んできました。


宍道湖の地理と特徴

画像:宍道湖漁協さま 提供

島根県にある宍道湖は、日本で7番目に大きい湖で、面積約79.1k㎡、平均水深4.5mの汽水湖です。 東側に位置する中海とは大橋川でつながっており、境水道から日本海へと続いています。塩分濃度約4‰(パーミル:千分率)という汽水環境が、多様な生物が生息する豊かな生態系を形成しています。

また、斐伊川や日本海から栄養豊富な水が流れ込むことで、プランクトンが豊富に発生し、しじみにとって良好な成長環境が整っています。

しじみだけじゃない!宍道湖の多様な魚介類

画像:宍道湖漁協さま 提供

宍道湖には、しじみだけでなく、「宍道湖七珍」に代表される多様な生物が生息しています。宍道湖七珍とは、「スズキ」「モロゲエビ」「ウナギ」「アマサギ」「シラウオ」「コイ」「シジミ」の7種。以前私が訪問した際には、その頭文字を取って「相撲足腰(すもうあしこし)」と覚えるのだと、豆知識をいただきました。


伝統と技術が融合した、宍道湖のしじみ漁

しじみ漁には3つの漁法がある

宍道湖漁協さま 提供画像より作成

しじみ漁には、「手掻き」「機械掻き」「入り掻き」と呼ばれる3つの漁法があり、その全てで使われるのが、「鋤簾(ジョレン)」という特殊な道具です。鋤簾は複数の爪がついた金属製のかごに約8mの竿がついた道具で、この道具を湖底で動かすことで、かごの中にしじみが入るという仕組みです。

3つの漁法により、使う鋤簾の大きさは異なりますが、その重さは10㎏以上。安定しない船上で、船の進行方向もコントロールしながらこれほど大きな鋤簾を動かすので、手作業で行うとなると、かなりの労力が必要です。近年では、機械掻きが主流になったと言いますが、伝統的な手掻きを行う漁師も比較的多いのが、宍道湖のしじみ漁のひとつの特徴です。

画像:宍道湖漁協さま 提供

音で品質を見極める!? 熟練漁師の技

漁獲したしじみは、まず機械選別にかけられます。しじみの大きさは、殻幅によって、機械で選別され、Sサイズ(10〜12mm)、Mサイズ(12〜14mm)、Lサイズ(14mm以上)というように基準が決まっています。Sサイズに満たない殻幅10㎜未満のしじみは、漁獲対象ではないため、宍道湖へ放流されています。

画像:宍道湖漁協さま 提供

しかし、しじみの選別は大きさに分けるだけでは終りません。サイズが確定すると、今度は品質の良し悪しの選別です。ここで頼れるのは、なんと漁師さんの「耳」だけ。固いところにしじみを当てたときの音の響きで、しじみの良し悪しを判断するのです。

漁師さん曰く、良いしじみは重く響くそうですが、悪いしじみは軽く鈍い音がするとのこと。1つ1つの音を確かめていくのですが、その数は1人1日約3万個にも及びます。機械の導入で、漁や選別の効率は上がりましたが、最後の判定は漁師にしか成し得ない技で、漁の操業と同じくらいの時間を選別に費やすこともあるそうです。


こちらの動画で選別の様子が見れるので、ぜひ音の判別に挑戦してみてください。

🎥 音の判別動画はこちら

宍道湖漁協には市場の機能がなく、このようにして選別されたしじみは、それぞれの漁師が取引する問屋に直接渡り、私たちの食卓に届きます。


歴史とともに歩んできた、宍道湖しじみの資源管理

漁師自ら、漁獲量の制限を定め資源管理を推進

画像:宍道湖漁協さま 提供

宍道湖のしじみ漁では、操業時、水揚時それぞれにおいて、漁師自らが独自のルールを定め、資源管理を進めてきました。その取り組みについて、代表の佐々木は、「日本の沿岸漁業では、休漁日の設定、操業時期や時間の制限、漁法の規制などにより、地域ごとに資源管理が進められてきました。しかし、それらの取り組みだけでは限界があります。そんな中、自分たちで最終的な『漁獲量の制限』も設けて管理を続けてきたというのは、特筆すべき点です」

と話します。

「漁獲量の制限」について日本では現在、漁獲の量が多いなど、資源管理上重要な魚種を優先として、水産庁がTAC(Total allowable catch:漁獲可能量)を設定し、魚種ごとに漁獲量を管理しています。しかし2025年4月現在でたった11魚種にしか過ぎず、多種多様な魚種が獲れる日本では、TACによる資源管理の対象とならない魚種が大半を占めています。しじみも又、TACの対象とならない魚種のひとつです。

そんな中、宍道湖のしじみ漁では約50年前から自主的に漁獲量を規制しており、資源量の変動に伴い、漁獲量上限を柔軟に変更してきました。初期の漁獲量上限は、500㎏と現在の5倍以上もあり、「そげん獲れて、船がひっくり返るほどやった」と話す漁師さんもいるそうです。現在の漁獲規制は1日90㎏まで。1箱45㎏入るコンテナを使って、1日2コンテナまでというルールで漁獲量の管理を行っています。

画像:宍道湖漁協さま 提供

資源管理の目的は「しじみ漁を未来につなぐ」こと

画像:宍道湖漁協さま 提供

外洋を自由に回遊できる魚と異なり、環境の変化に応じて移動することが難しいしじみにとって、湖内の環境変動は生育に大きな影響を与えます。例年に比べ水質が低塩分であった平成23年と平成24年には、しじみの漁獲量が大きく減少しました。この時期には、通常の規制に加え、休漁日を1日増やし週3日の操業としていたそうです。

画像:宍道湖漁協さま 提供

その他にも、「土用しじみ」として需要が高まる時期には、小箱と呼ばれる、25kg分の小さなコンテナを追加して漁獲量を増やすなど、柔軟な対応を行っています。


これらの資源管理の取り組みは、漁業者同士の話し合いによって進められてきました。

「(宍道湖以外の)他の漁場に出られるなら、制限なく獲らせてほしいと思う人もいるかもしれませんが、僕らはここ(宍道湖)でしかしじみ漁をできないので、漁を続けるための制限であれば、規則に従うという漁師が多いのだと思います。」

と話す、のは今回ご案内いただいた桑原さんです。一度定めた規則に縛られ過ぎず、「しじみ漁を未来につなぐ」という目的のために、最適解を常に模索し続ける姿を学ばせていただきました。

宍道湖のしじみは皆で守る、連帯責任の仕組み

市場の機能がない宍道湖漁協では、現在は、漁獲量の管理に地元警察のOBも協力して取り組んでいます。漁が終わるころの時間になると、岸辺に警察OBが待機しており、操業規制の違反がないかを随時確認します。

漁師が主体となって、資源管理のための規則を定めてきた宍道湖のしじみ漁には、もう一つ、「連帯責任」という独自の取り組みがあります。

先ほどの取り締まりの際に、もし違反が見つかった場合、違反を行った漁師は約3ヶ月、実働 にして60 日間、操業を停止しなければならず、罰金も発生します。それだけではなく、違反を行った漁師と同じ船着場の漁師も、 2 日間操業を停止しなければなりません。

「連帯責任」という厳しいルールも、自ら定め、守り続けるのは

「自分たちの漁場はここ(宍道湖)だけ」

という、宍道湖のしじみ漁師であることへの誇りがあるからなのでしょう。

桑原さん、貴重なお話をありがとうございました。