
削りたての香ばしい香りや、ふわりと軽やかな口当たり、透き通った出汁の旨味。
日本人の根幹を支える和食に欠かせない「鰹節」は、今や和食のみならず、フレンチやイタリアンなど、世界の様々な料理で用いられ、多くのシェフを魅了し続けています。
鰹節づくりから日本の食文化を支える老舗鰹節店のひとつ、鹿児島県枕崎市にある【金七商店】の四代目・瀨﨑 祐介さん。伝統的な製法を守り、最高品質の鰹節を追求し続ける瀨崎さんの元へも、日本各地に留まらず、世界の一流シェフが鰹節を求めてやってくるそうです。

日本の素材を活かして、独自のイタリア料理を追及する、メンバーシェフの【cenci】坂本健さんも、その魅力に惹かれ、瀨崎さんがつくる鰹節を自身の料理に取り入れているシェフの一人です。
坂本シェフの声から瀨崎さんをゲストに鰹節を学ぶ勉強会を開催。和食、イタリアン、フレンチなど、総勢30名以上の、様々なジャンルのシェフや料理関係者が集まりました。
日本だけでなく、世界の食文化を支える鰹節は「海」と密接に関わっており、海洋環境の現状や変化がその未来を大きく左右しています。
鰹節の原料となるカツオは、かつては日本近海で獲れたものが中心でしたが、今では遠洋で漁獲されるものが主流となり、漁業の変化や海の資源状況が鰹節の質や流通に影響を与えています。
一尾の命にとことん向き合い、自分たちにしか作れない最高の鰹節を追及してきた、瀨崎さんから、鰹節と海との繋がりや、伝統的な鰹節づくりの奥深いストーリーを学びます。
鰹節の価値と価格のジレンマ
一匹のカツオはいかにして、世界一硬い食べ物になったのか?

「世界一硬い食べ物」とも呼ばれる鰹節。海で過ごした1尾のカツオがそれほど硬い食べ物になるには、荒本節の場合は、数日~数週間、本枯節については数か月~半年以上かけて、水分を抜き、カビ付けをするなど、相当な時間と手間がかかります。
なぜ、そこまでの手間暇をかけて、「鰹節」をつくる必要があったのでしょうか。
そのひとつの理由は、流通技術が発達した今では考えられませんが、カツオの生食に需要がなかったからだといいます。日本で鰹節の製造が始まってから300年以上もの歴史がありますが、当時は鮮度が落ちやすいなどの理由から、カツオの生食はあまり好まれませんでした。しかし、大量に水揚げされるカツオは、当時重要なタンパク源でもありました。
消費しきれないカツオを、なんとか長期保存しようと、知恵をふり絞った結果発達したのが、鰹節の製造技術だといいます。
カツオの人気が引き起こした、漁場の変化
鰹節の原料となるカツオの生産は、漁場と漁法から次の4つに分類されます。
①近海一本釣り
②近海まき網
③遠洋一本釣り
④遠洋まき網
かつて、日本近海で大量に水揚げされていたカツオは、生食需要の少なさもあり、安価な価格で、主に鰹節の原料として使われていました。
しかしコールドチェーンが充実し、お刺身やタタキなど生鮮カツオの人気が高まるにつれ、鮮度がよい近海カツオは、刺身用として東京や大阪、京都といった大都市向けに高値で取引されるようになり、鰹節業界へ流れる量が激減しました。
この変化を受け、鰹節屋が使用するカツオは、赤道付近のキリバスやソロモン諸島を漁場とする遠洋漁業で獲れるカツオへと移行します。さらに近年では、 遠洋カツオ漁における入漁料(※)の高騰もあり、身質が安定しているという観点もありインドネシア周辺海域で小規模な船によって漁獲されるカツオが増えてきているそうです。
(※)特定水域で漁業を営む際に支払う利用料
このように、鰹節の質や味わいは、海の環境そのものと深く結びついていることがわかります。
鰹節に適したカツオに仕立てる、船上の工夫

ここで瀨崎さんから、遠洋一本釣り船でのカツオの鮮度を保つ仕組みについて、ホワイトボードを使って説明いただきました。一度出航すると、1ヶ月間ほど群れを追いながら漁を続けるカツオの遠洋漁業。枕崎への水揚げまで鮮度を保つのに欠かせないのが、「ブライン溶液」と呼ばれる液体です。
ブライン溶液は、マイナス20度程度でも凍らない塩化ナトリウム溶液です。漁船によって活用方法は異なりますが、ある漁船ではブライン溶液が入ったタンクに入った刺身用のカツオが、数分という短時間で瞬間凍結され、その後数時間をかけて完全凍結されると船内の冷凍庫に移動し、水揚げまでの間、釣ったときの鮮度を保った状態で保管されます。
カツオの遠洋一本釣り船には、2つのタンクが用意されており、鰹節用のカツオは、刺身用とは異なるタンクで凍結が行われるそうです。その理由は、鰹節の旨味の要となる「イノシン酸」に関係しています。
カツオは生きている状態では、旨味成分である「イノシン酸」をほとんど含まないのですが、死後一定時間の経過を経て、体内のATPが分解されイノシン酸に変化します。そのため、鰹節用のカツオは漁獲直後は空のタンクで保管し、数時間経ったのちにブライン溶液を追加することで、鮮度が良く、旨味も十分にある状態を作り出しているそうです。
鰹節の適正価格とは?

このようにして、用途ごとに最高の品質を保つ工夫がされてきたカツオの遠洋一本釣り漁ですが、近年では、刺身用カツオの更なる需要の高まりから、遠洋一本釣り船では、刺身用のブライン溶液のタンクが多くなり、遠洋一本釣りのカツオであっても、鰹節用のカツオは手に入りにくくなっているといいます。
刺身用の水揚げがあるのであれば、それを使えばよいのでは?と思うかもしれませんが、そこにはいくつか、課題があります。
刺身用のカツオは先ほどの通り、水揚げ後に急速に凍結されるため、旨味が少なく鰹節に向かないほか、鮮度が良すぎるため加工途中に「身割れ」が発生しやすいそうです。また体内に糖分が多く残るため、製造過程でメイラード反応(※)が起こり、独特の焦げ臭とオレンジ色の肉質が特徴の「オレンジミート」と呼ばれる鰹節になります。
(※)アミノ酸・ペプチド・たんぱく質などが、酵素によらずに糖と結合する反応。食品の加熱調理や長期保存をすると、この反応によってメラノイジンという褐色物質を生成する。
加えて、大きな課題となるのが「価格」です。鰹節製造は、生食に向かない大量のカツオを長期保存するために始まったこともあり、当時のカツオの仕入れ値は非常に安価でした。長い間、安定して安価な仕入れができていたことで、市場に出回る鰹節も、比較的安価なものとして世の中に根付いていきました。今でも、スーパーに足を運ぶと、手頃な価格で購入できることが多いため、鰹節を「高級食材」として認知している人は少ないのではないでしょうか。

「刺身用のカツオを高値で仕入れて加工し、見合った価格で販売しようとすると、とんでもない高値をつけないといけなくなる。仕入れ値が上がるからと言って、急激に鰹節の価格をあげるのは難しいです」
鰹節という文化を未来に繋いでいくために、何ができるのだろうかと、深く考えさせられました。
命と向き合う鰹節づくり ~6㎏のカツオが1㎏の鰹節になるまで~
ここからは、1匹のカツオが鰹節になるまでの、物語を瀬崎さんの鰹節づくりを通して学んでいきます。
美しい鰹節は、美しい捌きから
水揚げされたカツオを、最初に迎えるのが「捌き」の工程。
捌き方には各会社の個性が色濃く反映されるそうで、出来上がった鰹節の形を見るだけで、誰が作った鰹節かわかるといいます。
今回は特別に、瀨崎さん流のカツオの捌き方を目の前でデモンストレーションしていただきました。

ほとんどを「手切り」で行う瀬崎さんの工場では、1日に捌くカツオの量は1.5トン~2トン。まずは頭を落とし、内臓を取り除き、3枚におろします。その後個体によって、半身のカツオを背側と腹側に分ける「合(相)断(あいだち)」という工程も加わります。1尾1尾の魚体の形や色味を見て、どのタイプの鰹節に仕立てるかを瞬時に判断し、数週間~半年以上先の仕上がりをイメージしながらおろしていきます。

鰹節屋の仕事はほとんどが骨抜き⁉
捌いたカツオは金属製の平籠に1つ1つ丁寧に並べ、籠ごと熱湯に沈めて「煮熟」(ボイル)を行います。この際も温度や時間の調整を誤ると、身割れが起こったりや締まりの悪い鰹節になったりするため、慎重な火入れが求められます。
火入れの後に行うのが、「骨抜き」の作業。骨が残っていると、身割れしたり、節が曲がったり、削ったときに粉になりやすいといいます。最近は粉の鰹節の需要も増えているため、骨を抜かない会社もあるそうですが、瀨崎さんらは5時間もの時間をかけて1本1本ピンセットで骨を抜く工程を行っています。
「うちの会社でいうと8時から11時までカツオを捌き、30分かけて掃除をして、11時から夕方4時まで、5時間かけて骨を抜き続けます。鰹節屋の仕事はほとんど骨抜きといってもいいくらいです。」
理想の仕上がりのために、進んで手間を加えていく。瀨崎さんの鰹節づくりへの思いが表れている工程です。

鰹節にお化粧をするように
このあとは通常、カツオの身から水分を抜くために、「焙乾」(燻し乾燥)の行程に入ります。ここで昔ながらの製法でつくる本枯節用の個体には、もうひと手間、火入れをしたカツオの上からさらにカツオのすり身を塗ります。
「仕上がりの形を整えるために、身割れをふせいだり傷を埋めるためなのですが、この時にもまた、骨の抜き忘れが無いか、細かくチェックします。あとは、贈答品にも多く使っていただく鰹節ですので、カツオにお化粧を塗ってあげる意味も込めていますね」

瀨崎さんは焙乾の工程において、20日~1ヶ月の期間、薪で火をおこし、乾燥状態を確認します。薪はカシ、クヌギ、サクラなど、広葉樹を使うことによって火力が安定し、理想の燻香となるそうです。火を炊く回数を増やし、温度を高めれば早く終わるのですが、瀨崎さんは敢えてゆっくり時間をかけて乾燥させていきます。後のカビ付けの仕上がりを左右するため、中までしっかり水分を抜きたいからです。

鰹節屋には、天気を読む力も必要
この段階で出荷されるのが、「荒節」と呼ばれる鰹節です。荒節は燻製の香りが効いており、パンチのある出汁となるのが特徴です。
一方で、さらに先の「カビ付け」工程に進み、最高級とされる「本枯節」として加工されるものもあります。瀨崎さんは焙乾が終わった鰹節をひとつひとつ確かめ、次の工程に進むものを選別します。

選別された鰹節は、表面にまとった燻煙成分を削り、形を整えます。そして、瀨崎さんの工場では鰹節専用の菌を噴霧し、水分80%〜93%で管理しながら微生物による発酵を促し、カビを育てていきます。ふわりとした雪化粧のようなカビが全体を覆ったら、良いカビを育てながら、鰹節に寄ってくる虫を除去する目的で、天日干しを行います。

鰹節にとって雨は大敵。1滴の雨でも仕上がりを左右するため、晴れ間を狙って一気に干していきます。特に冬場は時間をかけて干す必要があるうえ、晴れ間はとても貴重です。鰹節の状態だけでなく、天気も読みながら、干しては取り込みを繰り返すことでゆっくりとカビを育てていきます。

繊細なカビ付けの作業が終わり出荷を目前にしても、瀬崎さんは最後まで手間を惜しみません。こうして大事に育てた鰹節を、最後に自分の目と耳でひとつひとつ確かめます。2本の鰹節を打ち合うことで響く、「カンカンッ」という音から、水分の抜け具合などを判断し、「これでいける!」と自信を持てた鰹節を最高級の本枯節として出荷します。

遠い海で漁獲された6キロのカツオが、鰹節職人の愛情という手間の結晶により、半年かけて約1キロの鰹節になる壮大なストーリーです。この食材が何百年もの間、こうして作り続けられ、和食の土台を支えているおかげで、私たちは今、繊細で奥深い和食を味わうことができる。
瀨崎さんを始め、職人がここまで繋いできた昔ながらの鰹節の歴史を、私たちはどのような形で受け取り繋いでいくべきか、深く考えていきたいです。
息子が教えてくれたこと

半年以上の時間をかけて、瀨崎さんの鰹節は、光沢をまとったルビー色の断面に仕上がります。最終確認段階で、音だけでなく、実際に何本か割ってみて状態を確かめるという瀨崎さん。小さな頃から、家業の鰹節づくりを手伝ってきた瀨崎さんの息子さんは、この色を見て
「半年かけて、カツオは海にいたときの色に戻るんだね」
と話したそうです。
「それを聞いて、命の重みというか、命をいただいているということを改めて実感しましたね。節や削った状態を見ていると、どうしても命であったことを忘れてしまうので。大事なことを息子に教えてもらった瞬間でした」

瀨崎さんが見せてくださった一枚の写真です。鰹節屋は継ぐつもりがなく、一度は自分の夢を追って故郷を出たという瀨崎さん。当たり前のように見てきた鰹節職人の姿や、祖父・父がつくる本物の鰹節が、違う土地では「かっこいい」と評価されたことを機に、「鰹節屋はかっこいい仕事なんだ」と気づいたそうです。
そこから実家に戻り修行を始め、祖父や父と何度も衝突しながら、自分たちにしか作れない最高級の鰹節を追及し続ける瀨崎さんの姿をみて、息子さんも「お父さんが鰹節を作っている姿はかっこいい」とその背中を追っています。
伝統を守ることは同じことを繰り返すことではなく、時代の変化と向き合いながらより良いものを追求し、次の世代へと繋いでいくことです。瀨崎さんの鰹節づくりを通して、「何を」繋ぐのかという選択だけでなく「どう」繋ぐのかという試行錯誤の重みを感じました。
日本の伝統を守るだけでなく、世界の海や料理、シェフを繋ぎ、「かっこいい鰹節屋」を体現し続ける瀨崎さん。鰹節の歴史や変遷だけでなく、ひとつの命と向き合い、「かっこいい鰹節屋」を未来へと繋いでいく家族の物語を学ぶことができました。
瀨崎さん、貴重な学びをありがとうございました。