「まだいけるな、もう1回、掛け声の練習しようや!」

「よろしくお願いしますっ」

「ありがとうございましたっ」

リーダーのりっきーの呼び掛けに続き、活気に満ちたあいさつが響く、営業前のレストラン『さざなみ』。3か月間自分たちが学んできたこと、感じたことを伝える準備は万端。お客様の来店を前に、外の熱気に負けないくらいチームの士気も高まっていきます。


ようこそ、レストラン『さざなみへ』

ここは、全国から選抜された学生達が「海の未来をつくるレストラン」を企画・運営する3ヶ月プログラム、「THE BLUE CAMP / ブルーキャンプ」京都チームのポップアップレストラン会場。

3ヶ月の学びを通して、学生たちが心の中に抱いた”さざなみ”が、「レストランを体験するみなさんを通して、豊かな海の未来へ向かう”大きな波”となりますように」。そんな思いを混めたレストランには、「おいしかった」だけで終わらせないための仕込みが準備万端です。

6日間のレストラン営業では、メンターであるカリナリーディレクター 中東篤志シェフ、【日本料理研野】酒井研野シェフとともに考案した、海の未来へのメッセージを込めた5品(前菜2品、主菜、定食、甘味)をコース仕立てで提供しました。

<料理>

1.先付け:真昆布と本枯節の一番出汁

「道南の天然真昆布は、約10年ほどで、97%も獲れる量が減ってしまったんです。」

りっきーが放つ、ショッキングな数字とともに、一品目に提供したのは、和食の根幹である「出汁」。出汁の基本となる昆布のうち、天然真昆布は、10年前と比べ97%も漁獲量が減少。鰹節用のカツオも減少しています。和食における出汁の重要性、温かみを感じてもらい、出汁の美味しさを未来に残したいと、提供を決めた一品です。

『私は、魚介類が大好きだ』という言葉から、応募時の自己紹介を始めたりっきーは、その思いを貫き、大学では養殖科学を学んでいます。海辺の民宿運営を手がけ、料理提供も担っているため、食材としての魚の知識や調理経験も豊富。学びを深めるにつれて膨らむ「養殖業」への葛藤を抱きながら、「200年後の子孫にもおいしい魚を」という思いを曲げずに、終始楽しみながらチームを引っ張ってくれました。

2.造り:2024年の皿(ヒラのお造り、和風セビーチェ、海苔巻き)

「ザクッ、ザクッ、ザクッ…」

出汁の温かみに心を落ち着かせる中、会場には聞きなれない音が響き、お客様の視線は一斉に、キッチンに立つみさきに向かいます。

「今皆様の目の前で骨切りしている魚、わかりますか?岡山以外の方は見たことある人も少ないんじゃないかと思いますが、この魚はヒラと言います。岡山でしか食べられない。岡山のお宝。そんな魚です。」

高い調理技術と広い知識を併せ持った日本料理人を目指す、みさき。調理学校で作り手としての技術を高めながら、「料理人として、生産者の思いや食材の背景を届けたい」という高い志を持って挑んでいます。難易度の高いヒラの骨切り技術は、連夜の特訓を通して習得しました。京都チームの料理表現において、無くてはならない存在です。

二品目、「2024年の皿」として提供したのは、岡山県以外ではほとんど食べられることのない「ヒラ」という魚。小骨が多いために調理が難しく、岡山県以外では「未利用魚」に分類されることも多い魚種です。フィールドワークで訪れた岡山県倉敷で126年続く魚屋、魚春さんにてヒラをふるまってもらい、その美味しさに感動した学生たち。さまざまな食べ方でヒラの美味しさを知ってもらいたい、上手な食べ方やその美味しさを知らないだけで、「未利用魚」と呼ばれることへの違和感も投げかけたいと、お造り、和風セビーチェ、海苔巻きという3種の表現で提供することを決めました。



1日目、2日目…と営業を終え、「ヒラ」の個性でもあり、食用の壁となる「小骨の多さ」は、調理済みの「ヒラ」を提供するだけでは、十分に伝わっていないのでは?という課題を抱いた学生たち。夜な夜な話合いを続け、5日目の営業から方向性を大きく転換します。会場後方のキッチンにて、実際にヒラの骨切りをしている様子を披露するというパフォーマンスを取り入れることにしたのです。

「未利用魚」と呼ばれる魚への質問や議論が続くなか、少し恥ずかし気な表情を浮かべながら、ひみかがマイクを握ります。

「実は私は、このブルーキャンプに参加するまで、数種類の魚しか食べたことがなかったんです。お寿司屋さんに行っても、ほとんどサーモン、たまにツブガイを挟むという感じで…(笑) 今回のプログラムで岡山県の『魚春』さんに行ったときに、いただいた魚の種類の多さに本当に驚きました。食卓に並ぶことができる魚がこんなにもあるんだと知ったとき、すごくわくわくしたんです」

海なし県で育ったこともあり、海のリアルに触れる機会が少なかったという、ひみか。リアルを知りたいと、農業、畜産の現場にこれまで多く足を運んできた彼女は、現場を知り、食材の裏側のストーリーを感じることが、食の課題を一歩前に進める原動力になると、身をもって体感してきました。初めて海のリアルを知り、高ぶる気持ちを、お客様ひとりひとりに丁寧に伝えました。

2.造り:100年後の造り(未来からのお手紙)

「2024年の皿」と題したヒラのお造りに続いて届いたのは、器に盛られた一通の手紙。

3か月間、様々なプレイヤーから海のリアルを学び、海のこれからについて考えてきた学生たち。リアルを知れば知るほど、「このままでは、100年後にはおいしい魚が食べられないかもしれない…」そんな危機感が頭をよぎります。


自分たちの言葉でしか伝えられないこともあれば、自分たちの言葉では伝えられないこともある。そう感じた彼らは、自分たちの心に膨らむ危機感を、漁師・魚屋・料理人という、海の未来を思う3人からの手紙を乗せた「一皿」として表現しました。

にぎやかな会場が一変し、真剣な表情で、届いた手紙を読んだ参加者の皆さん。目の前の言葉ひとつひとつを噛みしめる姿を、学生たちも息を飲んで見守ります。

3.掬う湾:揚げだし豆腐
手紙を読み終わるころ、キッチンからは、食欲をそそる香ばしい香りが漂います。

「これから皆さんには、漁の体験をしてもらいます。これは、漁師さんの大切な道具である網です。目の前には網目が大きい網と網目が小さい網の2種類があります。皆さんはどちらの網を使いたいですか?テーブルの皆さんで話し合ってひとつ選んでください。」

そう言ってまず、お客様のもとに用意されたのは、大小網目の異なる掬(すく)い。

資源管理のひとつの手法として、網目を大きくすることで未成魚の漁獲を避ける方法を知った学生たち。その手法を体験してもらおうと、表現したのが主菜の「掬う湾」です。シラス(カタクチイワシの幼魚)などの小さな魚を使用した餡を、大小2つの網目の掬いで揚げだし豆腐にかけていただき、網目の大小による、掬える魚の量の差を体験してもらうという演出を行いました。

資源管理の一手法を体験してもらうと同時に、学生らが表現したのは、資源管理に伴う葛藤。「餡」の入った器は敢えて、各テーブルに1つだけ用意し、限りある餡(資源)を、同じ器(海)から、掬い(網)を使って、一人ずつ取り分けていただくことにしました。

目の前にある魚たちを、今自分がたくさん掬えば、たくさん美味しい魚を食べることができる。しかし当然ですが、自分が全て獲ってしまうと、次の人、その次の人の分はなくなってしまいます。

資源を分け合う人の顔が見えている食卓では、次の人のことを考えて、獲り過ぎないという判断が当たり前のようにできる。でも、漁業を生業としている漁師にとっては、目の前の資源は、自分や家族を守る大切な収入源です。次世代を生み出すはずの親魚をはじめ、未来のために残す必要があることが分かっていても、それができない葛藤があると、言葉を丁寧に選びながら学生たちは説明します。

目の前にいる魚を将来のために残すのか、今のこの時のために獲りつくしてしまうのか。

食事を終え、「資源管理」の難しさや葛藤が波打つ参加者の元へ、りんだが駆け寄り、自分たちが3か月の学びを通して、感じた葛藤を話しました。

「持続可能な方法を考えて考えて、考え抜きたい」。大学の農業サークルに所属し、持続可能な食の未来への高い志と深い愛を持つりんだ。一次産業をより広く理解するため、ブルーキャンプに挑みました。何気ない会話の中からも、未来につながる気づきを拾い上げてくれる鋭い洞察力を持つ彼は、レストランでも参加者の心の動きを察知し、そっと駆け寄っては小さな気づきを与えてくれました。

4.ごはん海議:マグじゃが、イワシの梅煮、スズキの味噌柚庵焼
「これまでは、資源管理の難しさを、体験してもらいました。もちろん、難しいということは事実なのですが、資源管理がうまく行っている事例もあります。それが、皆さんが大好きであろう、『クロマグロ』です」

そういって、目の前に運ばれてきたのは、”肉じゃが” にも思える煮物です。

「続いてのお料理は、”マグじゃが” です。下味を付けて揚げたマグロを、野菜と一緒に柔らかく煮込みました。食べ慣れた料理の食材を、お肉からお魚に変えるだけで、魚が簡単においしく食べられるんです」

資源管理の難しさだけでなく、成功事例や可能性も知ってもらいたいと、選んだのが太平洋クロマグロです。一時、大きく資源量が減ってしまった太平洋クロマグロですが、国を挙げた資源管理に取り組んだ結果、近年資源量は回復傾向にあります。

また、スズキは千葉県の船橋で自主的な資源管理に取り組んでいる、大傳丸の大野和彦さんから仕入れたものを使用。国や個人漁師、規模は違えど、それぞれのレイヤーで行う資源管理の重要性を訴えました。

マグロやスズキといった、大型魚を支えているのが、小型魚のイワシ。食物連鎖の下位に位置する小型魚が減ってしまうと、当然それらを食べる大型魚も減ってしまいます。イワシを始めとした、小型魚の重要性にも改めて目を向けてほしいと、思いを込めました。

小さなころ、一緒に農作業をしたり、山菜採りをしたりと自然の豊かさと厳しさを教えてくれたおじいちゃんに憧れ、孫に食の大切さを伝える「食育おじいちゃん」になりたいと目を輝かせるはると。自分が獲った魚を学校給食に活用してもらおうと働きかけたり、自主的な資源管理に取り組む大野さんの姿に特に刺激を受けたようで、着実に「食育おじいちゃん」への道を進めています。

5.甘味:昆布と鰹節のアイスクリーム

デザートのアイスクリームには、一品目で出汁をとった昆布と鰹節を使用。残った食材を余さず、使い切る工夫を「また会いましたね」というメッセージとともに表現しました。


海をとりまく葛藤を、食卓で体験してほしい

京都チームがこだわったのは、食卓でのおいしい体験を通して、海の現状と未来を考えてもらう、体験型ポップアップレストランの設計です。

そのひとつが、掬う湾で提供した揚げだし豆腐。
小魚や小海老などで海を表現した餡を、大小網目の異なるお玉で掬っていただくことで、漁師さんの日々の葛藤を体験していただきました。

「海の中には、大小さまざまな魚がいますが、これを網目の大きいすくいで獲ると、大きい魚が獲れて小さい魚は獲れません。逆に、網目の小さいすくいでと獲ると、小さい魚も獲れてしまいます。小さな魚は、将来のために、残したほうがよいのはもちろんですが、小さい魚も収入源になり得ます。近年魚が獲れなくなって、燃油代も上がり、漁師さんの収入は厳しいです。このままだと、小さい魚もとらないと家族を養えない。でも、今小さい魚を獲らなければ、1年後2年後に資源が増え、魚の値段も上がり、魚が食べ続けられるかもしれない。どの選択をすることが、最適なのだろうか。そんな葛藤が、漁師さんの気持ちであり、資源管理の難しさです」

正解が見えないながらも、自分たちが心の中にいただいた”さざなみ”(葛藤)を表現してくれたしほ。食卓での体験を通して、参加者の心にも、海の未来へ向かう”大きな波”が生まれたように感じます。

「次世代の子供達が美味しいと思って魚を食べてくれる環境を残せるように、努めるのが私の使命だと思う」。栄養教諭を志すしほは、子供たちに何を残せるのかを考えた末、自分が体験したことを伝えたいと、ブルーキャンプへ挑戦することを決めたしほ。様々な葛藤をいただきつつ、海の未来を明るくする方法はまだたくさんあるはず!と常に前向きなエネルギーをチームに与えてくれました。

京都チームは、料理だけでなく、会場全体で海の現状を体験してもらおうと、展示物やランチョンマットなど細部にも工夫を凝らしました。

こっとんが手がけたランチョンマットには、あっと驚く仕掛けが。

提供される料理に合わせて、織り込まれた部分を開いていくと、それまで見えていなかった、葛藤や思いが現れるのです。料理毎に新たな表情やメッセージを見せてくれるランチョンマットは、まるで目の前の料理が語りかけてくれているような体験を与えてくれました。

子供の頃から環境問題への関心が高く、高校生ながらに鋭い考察力を持つこっとん。自分の中に湧いた小さな疑問を逃さず、「なぜ?」を徹底的に深堀り、自分の糧にしてきました。彼女の純粋無垢な疑問の投げかけは、メンバーをハッとさせる場面も多く、チームの考察を着実に深めてくれました。こっとんが制作を担当した箸置きやランチョンマットに垣間見える、クリエイティビティの豊かさも圧巻です。

海の未来を作るために、「食卓」ができることを徹底的に考えぬき、表現したレストラン『さざなみ』。1回1回の食体験が、100年後の豊かな海をつくる土台になるのだと、改めて気づかせてくれました。