
「日本の技術を活かせば、魚種が少ない北欧でも、南方系の魚が多い東南アジアでも、その地ならではの鮨や魚料理に新たな可能性が広がると思う」
そう語るのは、C-BLUEのメンバーシェフである【恵比寿えんどう】の遠藤記史さん。遠藤さんは北欧4か国とシンガポールを訪れ、ノルウェーを中心とした北欧とアジアの漁業を視察しました。
11月のメンバーシェフ定例会では、代表の佐々木ひろこが聞き手となり、遠藤さんの現地レポートを交えた勉強会を実施しました。今回のテーマは「鮨職人が見た、北欧の水産業」。現地を訪れた遠藤さんのリアルな視点を交えて、日本の漁業や魚食文化を未来へつなぐ視点を深掘りしていきます。
美味しい魚は日本だけのもの?〜北欧の海のポテンシャルとは?~

「地球の表面積の7割が海なら、日本の周りだけにおいしい魚がいるとは考えられない。世界中の魚を自分で食べて確かめてみたい」
この問いを明らかにすべく、遠藤さんは、締めの技術をもとに高品質な魚を仕立てることで有名な漁師、藤本純一さんと北欧の地に足を運びました。

遠藤さんが北欧に着目したひとつの理由が海流です。一般的に緯度が高くなると魚種は少なくなる傾向がありますが、北欧の海、特にノルウェー海は、北からの寒流に加えて南から暖流(北大西洋海流)が流れ込むことで栄養豊富な漁場が形成され、緯度の割には魚種が多いといわれます。

「ノルウェー海は、栄養豊富な極地に向かって、暖流がぶつかっていく外洋であることもあり、緯度の割には魚種が多く豊かな印象でした。一方で、同じスカンディナビア半島でも、スウェーデンやフィンランドは、海といっても、国土のほとんどが閉じた内湾のバルト海にしか面しておらず、栄養分の流れもあまりないので、ノルウェー海とは全く違いましたね」
同じ「北欧」という地域の中でも、取り巻く海の環境によって異なる漁業のポテンシャルを実感したと言います。

北欧の中のノルウェー ~豊かな漁場に恵まれた大規模漁業~
「日本と違い、沿岸漁業はかなり小規模で、ほとんどが沖合漁業の巻き網やトロール漁法でした。沿岸では一部定置網や、刺し網も行われているみたいですが、漁法によって獲れる魚はあまり変わらず、サバ、タラ、ニシン、マスが中心でしたね」

遠藤さんが今回の視察に行った大きな目的は、各地の魚を藤本さんに仕立ててもらい、味わいを確認することで、日本以外の魚のポテンシャルを知ることでした。「ノルウェー海は漁場として脂がのりやすいこともあり、魚はやっぱり圧倒的に美味しかったです」
と話す遠藤さん。素材としてポテンシャルが大きいため、技術次第では、これまで限られた調理法しかなかった地域に、新たな魚食文化が生まれる可能性もある。そしてそれは現地の消費者・シェフ・漁師それぞれにとって、プラスになるのではという手応えを語ってくれました。
ノルウェー漁業のサステナビリティ ~少なく獲って、多く稼ぐ~
ここで話は、ノルウェーの漁業の「サステナビリティ」に移ります。
サステナブルな漁業の代表格として、取り上げられることも多い、ノルウェーの漁業ですが、現地で遠藤さんが感じたことは何だったのでしょうか。

上のグラフは、1945-2006年における、ノルウェーの漁獲量と漁獲高の推移を示しています。実は、ノルウェーでも、日本のように1980年代に漁船漁業生産量が一度減少しました。この結果を受けて、漁船別漁獲割り当て(Individual Quota) 方式(※)の導入などによる漁業管理をすぐに始めたノルウェーは、生産量をぐっと持ち直し、1990年代には元の水準に回復しました。
※漁船別漁獲割り当て(Individual Vessel Quota) 方式とは
漁獲可能量(TAC)を漁船ごとに割り当てて管理を行う。減船時に限り、その漁獲割当を同じ地域・グループ内の別の漁船に移動させることが認められている。
また水産庁の分析によると、このIVQ方式や減船補助金の支払い等により、漁船数・漁業者数を削減した結果、漁業者一人あたりの漁獲量・漁獲高は増加しています。

ここで興味深い例として、佐々木から紹介されたのが、ノルウェーのサバの生産量と生産額の推移です。漁獲管理によって生産量が一定に保たれている中、生産額を上げるため、魚の処理技術や輸送技術の向上をはかることなどによって、魚油やフィッシュミール(養殖魚の餌)向けから人間の食材向けに用途をシフトしたのです。

「少なく獲って、多く稼ぐ」
限りある資源の付加価値を高めることで、海にとっても、漁業者にとっても、持続可能な漁業の仕組みをつくってきたことがわかります。
ノルウェーとの対比で見る日本の課題と可能性
サステナブルな漁業に舵を切ったノルウェーと、
未だ漁業生産量が減り続ける日本。その違いはどこにあるのか、遠藤さんならではの視点で見ていきます。

ノルウェーの消費者意識との違い
「まず驚いたのは、スーパーに並ぶ魚には、基本、サステナビリティを示すマークがついていたことです」

遠藤さんがそう話すように、ノルウェー国民の生活の一部ともなっているであろう、サステナブルな魚食文化。先ほどの漁業管理制度の成果ももちろんのこと、遠藤さんは国民の民度が大きく貢献しているのでは?と話します。
「ノルウェーは北海油田が発掘されたときも、国全体として、資源を一気に採掘しすぎず、将来に残すための仕組みを作っていたそうです。その事例にもあるように、限りある資源を獲り過ぎないという意識が、魚についても根付いていると思います」
一方で、日本人の意識が低いという訳ではないと言います。
「日本には、かつては魚がいくらでも獲れるという時代があり、『魚はなくならない』という思い込みがあるのだと思います」
そもそも、日本とノルウェーでは、漁業の前提条件が異なります。ノルウェーは魚種が少なく、沖合漁業の企業体が中心で、漁業管理が進めやすかった一方、日本は零細沿岸漁業者の数が圧倒的に多く、多様な魚種・漁法や地域特性があり、一律のTACだけで管理することに難しさもあるのです。。
「流通の進歩によって、沖合漁業が少しずつ変わってきているように、沿岸漁業の漁業管理も今後変わっていくことも十分に考えられると思います」
可能性:豊かな魚種と根付いた技術で付加価値を高める

一方で、ノルウェーと比較することで、日本の漁業の可能性も浮き上がってきます。
日本は、国土面積では世界で61番目の広さですが、海洋面積では、世界で第6位、海洋の体積となると、世界第4位の大きさを誇っています。そんな日本の海は、南北に長くさまざまな地形があること、4つの海流が交わること、海と山が近く豊富な養分が川を伝って海に流れ出ることなどから、多様な魚種に恵まれており、それぞれの魚の個性を引き出す調理法や料理が日本の食文化を彩ってきました。この多様性は、北欧の少数魚種を中心とした漁業にはない日本の大きな強みなのです。
私たちのチームには、様々なジャンルで活躍するシェフたちが集まっています。それぞれが持つ技術と創意工夫により、個々の魚の魅力を最大限に引き出し、新たな価値を生み出す可能性をはまだまだあります。この日集まった、多様なジャンルのシェフの真剣な表情を前に、シェフは魚食文化を守り、未来へつなぐ重要なプレイヤーであることを改めて認識しました。
北欧からシンガポールへ〜その国に適した鮨の在り方がある~

北欧を訪れたあとは、シンガポールへ足を運んだという遠藤さん。ここにも、その土地ならではの漁業の姿から、学ぶことがあったといいます。
シンガポールは、国土や領海が狭く、漁業規模も非常に小さい国です。かつては漁業が行われていましたが、現在ではほとんどの魚を輸入に頼っています。地元の漁師も少なく、自国で獲れた魚を食べる機会はほとんどないそうです。
そんな中、遠藤さんは現地の人々と船に乗り、自分たちで魚を釣ってみたそう。そしてここでも魚を藤本さんに仕立ててもらい、新たな可能性を感じたといいます。
その話を受けて、メンバーシェフから「南方系の魚は締まりが悪く、水っぽいため、料理に使うのは難しいと思ってきた。藤本さんが仕立てたものはやっぱり違うのか、気になる」と質問が。
「自分も同じ先入観を持っていました。でも、しっかり処理すれば驚くほど美味しい魚になることがわかったんです。日本にはいない魚も多いので、それぞれの土地で新たな鮨の形を作れる可能性を感じました。当初抱いていた疑問が解消された瞬間でしたね」
そして、最後にこう付け加えました。
「でも、やっぱり日本の魚が一番おいしいと思っています。各国でいろんな魚がおいしく食べられるようになればなるほど、『日本の魚って本当にすごいよね』と差別化するチャンスにもなると思うんです」
北欧とシンガポールという、まったく異なる海のリアルを目の当たりにした遠藤さん。どの国の魚にもそれぞれの魅力があると感じながらも、遠藤さんが改めて実感したのは、「やっぱり日本の魚が一番おいしい」という確信でした。
同時に、世界の海には、日本のシェフや漁師の技術を活かせば、もっと美味しくなる魚がまだまだ存在しています。それらの魚を新たな視点で引き立て、それぞれの国や地域に合わせた魚食文化を築いていくことは、現地の食文化を豊かにするだけではなく、日本の魚食文化の価値を見直すきっかけにもなると、教えていただきました。
遠藤さんの取り組みによって見えた、日本の魚食文化の可能性を最大化することが、これからの私たちのひとつの挑戦です。
遠藤さん、貴重な学びをありがとうございました!