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メンバーインタビューVol.32 チェネッタ・バルバ 藤田紘一

「魚を使っていなくても、食に携わる者として、見たことや聞いたことを伝えることはできると思いました」

C-BlueメンバーインタビューVol.32は、京都・烏丸高辻のイタリア料理店「Cenetta Barba(チェネッタ・バルバ)」の藤田紘一さんです。
ローマの下町料理を提供する藤田さんのレストランは、肉料理がメインで魚はほとんど使いません。「僕は異色なんです」と照れながら笑います。
それでも、京都で行われるChefs for the Blueの勉強会や視察には「いつも参加する」と話す藤田さんにその思いを聞きました。

カルボナーラ、ペンネ・アラビアータなど、日本人になじみの深いイタリア料理はローマで生まれたもの。「みんなが知っている料理が一番多い」と藤田さんは言います。
「ローマの料理は肉や内臓、野菜を使い、魚介類は少ないです。シーフードレストランもありますが、すごく高級で、市場にも魚があまり並んでいません」

藤田さんは高校時代にファミリーレストランでバイトをしたことをきっかけに、料理の楽しさに目覚めます。大学を中退して料理の道に入り、札幌や神戸の飲食店で働いた後、27歳から10年間、京都のイタリア料理店で料理長を務めていました。

イタリア料理に惹かれた理由を「地産地消を大切にし、その地域ならではのもの、そこにあるもので完結させる感じがかっこいい。僕にはイタリア料理が合うと思いました」と話します。

独立前、ローマに3カ月間滞在したことがありました。列車で各地のレストランを訪ね、マルシェで買った食材をアパートで調理する、そんな日々のなかで一番心に残ったのがローマの料理だったといいます。

ローマで出会い、大切にしている一皿があります。牛の小腸をトマトソースで煮込み、筒状のショートパスタ、リガトーニに絡めた料理。ローマで通っていた店で食べ、大きな衝撃を受けたと振り返ります。独立するならローマ料理にしようと決めたのも、この料理があったから。いまもメニューに残し続けています。

「大切にしているのは、楽しく料理をすることです。僕は根を詰めていろいろ研究するタイプではありませんが、料理を本当に楽んでいます。美味しさと安全は大前提ですが、楽しく働くことも大事。オープンキッチンなので、楽しさはゲストにも伝わります。帰るときの顔を見れば大体わかります。食事の2時間をすごくいい時間にしてほしいと心から思いますし、料理でそのお手伝いをしたいです」

ふだんは魚を使わない藤田さんが Chefs for the Blue の勉強会に参加するようになったのは2019年。京都チームを率いる坂本健シェフに誘われたからでした。

「サバやサワラ、サンマ、カニなど、数字を見るとこんなにも激減していることにびっくりしました。市場に行ったら魚はいるもんやと思っていました。魚は使っていませんが、海の実情を知るうちに、なんとかしたいと思うようになりました」

藤田さんは日々、野菜は京都・大原の朝市で、肉は肉屋から仕入れるため、市場に行くことはありません。ほかのメンバーシェフほどは水産資源が減っている実感がない、と少し申し訳なさそうに説明します。それでも勉強会に足を運び続けるのは、料理人だからできることがあると思うから。

「魚を使っていなくても、食に携わる者として、見たことや聞いたことを誰かに伝えることはできると思います」
魚を使わないと決めているわけではありません。穫れすぎた魚や未利用魚を使った料理を提供し、水産資源の未来についてお客さんに伝えたいとも考えています。

Chefs for the Blue が毎年開く「ブルーフェス」では、2年連続でタコを料理してきました。今年は辻大輔シェフとコンビを組み、石川・能登島のタコで「NOTO TAKO ITARIANO」を、前年は中本敬介シェフと北海道・苫前産のミズダコで「水蛸のラグーとポレンタビアンカ」を提供しました。「すごく楽しかったです」

海には思い入れがあります。「山より海が好き」と話し、夏は泳ぎ、冬は釣りを楽しみ、海に行かない年はないそうです。
「子どものころ、夏休みになると、母の実家がある島根の海で泳ぎました。海のなかがすごくきれいで、イシダイが泳いでいて、あの風景がいまもずっと頭に残っています」

しかしこの夏、家族と訪れた淡路島の海で、海の変化を実感したと話します。

「海水温が高くて、浅瀬は足湯のように温まっていました。温暖化でも魚が減ってしまうというのがわかる気がしました」

Cenetta Barba は昨年、10周年を迎えました。藤田さんは今年49歳になり、20周年には60歳を目前にします。

「いつまで料理ができるかわかりませんが、いまの店を大切に続けながら、店以外でも一料理人として世の役に立つことがあれば何かしたいといつも思っています」