「これまでの世代から受け継いだバトンを未来の世代につなぐために、僕らがすべきなのは、壊れてきていること、なくなりつつあることを元に戻していく努力だと思うんです」
C-BlueインタビューVol.5は、「日本料理 研野」の酒井研野さんです。
京都の老舗料亭で10年間、その後ニューヨークの和食店や京都の中国料理店などで経験を積んだのちに独立。若手料理人の登竜門、昨年のRED-U35コンペティションでは念願のレッドエッグ(優勝)を獲得しています。Chefs for the Blueには、日本料理の料理人として「学ばなければ」という危機感に押されて参加したという酒井さんに聞きました。
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昨年娘が産まれ、親になったという酒井さん。それ以来、『つなぐ』ということに自然と意識が向くようになったと言います。
「幼少時代の記憶にはいつも、青森の祖母が仏壇に向かって先祖を拝む姿がありました。これまでがんばってきた多くの世代がつないでくださって、今、僕らには豊かな生活がある。そのバトンを未来の世代につなぐために僕らがすべきなのは、壊れてきていること、なくなりつつあることを元に戻していく努力だと思うんです」
海洋プラスチック問題を考え、使い捨てプラスチック製品をできるだけ避けること。輸送時のCO2排出を抑えるためにも、食材は意識的に近距離から調達すること。「身体中を思いで満たしていれば、そういった日々の些細なことも忘れない」と言う酒井さん。まだまだこれからとのことですが、嘘のない実践を重ねていきたいと言葉に力を込めます。
水産資源の危機については、10年間勤めた【菊乃井】の頃から耳にしていました。当時からのつながりで、現在も取引を続ける淡路の鮮魚店、水口商店の水口さんからも日々、瀬戸内海の窮状についての声が届きます。そんななか、Chefs for the Blueへの参加は「学ばなければ」という強い思いに駆られてのことでした。
「2021年の京都チーム立ち上げ時、『まずは知ることから』と1年間勉強会に参加させてもらいました。漁場や漁法、漁業者のこと。市場の仕組みや法律について。課題に向き合う多くの方々のこと。知らなかったことばかりで改めて驚きましたが、何より海の現状を詳しく知ってショックでした。魚介類がなければ日本料理は成り立たないのに、それが激減を続けているんですから」
資源の管理を進め、海を豊かに戻さなければ日本料理の未来は確実に危ぶまれます。特に日本料理は折々の食材の力を借り、「この時季はこれ」という「型」を皿の上に表現することを重視するなか、魚の激減に加えて温暖化により旬がずれ、型の維持すら難しくなっているのが現状です。
「そもそも最近は、暦上の歳時記と生活のなかで実感する季節とが乖離しています。無理して型を追えば無理な漁をすることにつながり、結果的に自然に過大な負荷を強いるなら、型を考え直す必要があるかもしれません」
酒井さんは先日開催されたイベントで、沖縄産パパイヤを使ったお椀を提供し話題を呼びました。温暖化の大波と向き合う日本の「今」を映した、直球の味わいのお椀。基本をきっちり学んだうえで「現代の日本を映し出す料理」をコンセプトとする、いかにも【日本料理 研野】らしい一品です。今後は水産物も含め、「過去と現在と未来」を常に考えながら日本料理を作っていきたいと話します。
「すべての魚種には必ずチャーミングポイントがあるので、それをいかに見つけられるか、ですよね。資源減少のなかこれまでの魚種にこだわらず、日本料理には馴染みのない魚種や、未利用や低活用といった魚種など他のシェフたちと一緒に試作して、新しい可能性を見つけたいです。向き合わないとやっぱり自分ごとにならないので。生は難しいけど中華の技術で火を入れたら美味しいぞ、とか、多くのジャンルの方々と一緒にできたら楽しいし、料理界全体にとって役立つんじゃないでしょうか」
酒井さんのお祖父様は昔、毎食後のお櫃に水を注ぎ、中に残った米粒もすべてきれいに飲み干していました。それについてお父様は「昔は貧乏臭くて嫌だなあと思って見ていたけど、今はそれがとても大切なことに思えて、自分も同じことをしているんだよ」と話されるのだそう。
「祖父が父に、父が私にとつなげてくれたそんな食への向き合い方を、私も子供たちにつなぎたいんです。そしてそのためにも大切な資源を残していかなければと思います。未来の人に、『昔の人が全部使い切ってしまったんだ』と言われることのないように」