「世の中が変わっていくためには、大衆食が変わらなければいけないと思うんです。僕らのやっていることがスタンダードになってほしい」

C-BlueインタビューVol.5は、パン好き、カフェ好きが全国から訪れる「パーラー江古田」の原田浩次さんです。
イタリアのバールや沖縄のパーラーのように、日に何度も訪れたくなる「町の寄り合い所」のような店を目指し、実現してきた原田さん。海の問題について考える上で、日常の店だからこそ果たせる役割があるはずと言います。


広島市に生まれ育ち、幼い頃から釣りが好きだったという原田浩次さん。「パーラー江古田」を開店してからも年に1度ほど、料理人仲間に誘われて海に出かけていました。「魚が少ない、釣れない」――船で見聞きし、漠然と感じていた海の変化が、事実、深刻なものであることを知ったのは、2017年に参加したChefs for the Blueの勉強会でした。
「思っていた以上に現状は厳しく、日本が世界に遅れを取っていることがわかりました」

曰く「人見知りで集団行動が苦手」な原田さんが、チームに飛び込み活動を続ける理由も、危機感からに他なりません。
「レストランのシェフがメンバーに名を連ねる中で、僕の存在意義は“立派な店”じゃないことだと思っています。パンもサンドイッチも決して安くはありませんが、あくまで日常であり普段着の食べ物です。世の中が変わっていくためには、大衆食が変わらなきゃいけない。僕らのやっていることがスタンダードになってほしくて」。

「パーラー江古田」で使う食材はすべて、原田さんが作り手に共感し、味わいに納得したものを使っています。小麦は店で挽いて粉にし、サルシッチャなどの加工品も塊肉で仕入れて自ら仕込みます。食材選びの条件は、「おいしいこと」だと言います。

「おいしいというのは、まっとうであることだと思うんです。それはつまり持続可能だということ。おいしくないと感じたら、そこには何か無理や不自然がある気がします。
小さくて痩せた魚しか手に入らなくなっているのも、必要以上に獲りすぎて海の資源が減っているからですよね。養殖ではブリを1キロ太らせるのに3キロのイワシが必要だと聞きますが、それは持続可能といえるのか……。だったら僕はイワシそのものをおいしく食べたい」。

2019年以降は、コロナ禍のストレス解消に本格的に釣りを再開。店が休みの火曜日にはほぼ毎週、遊漁船に乗り外房での沖釣りを楽しんでいます。釣った魚は店に持ち帰り、フライなどにしてサンドイッチとして提供。多く釣れた時には、生ハムなどに加工しています。

自分で釣った魚を調理して食べてもらう。それは「必要な分だけ獲る」という、シンプルで無駄のない魚食のあり方でもあります。何より新鮮でおいしい。
「提供したものがおいしければ、多くを語らなくてもきっと伝わるものがある」と考える原田さん。メニューにも「釣りたて」の一言しか添えていません。

一方そこには、正しい情報を伝えたい、けれど伝えきれないというジレンマも滲んでいます。「因果関係や理屈を、なんとなくではなく、自分の言葉で語れるレベルまで理解してから伝えたいんです。だからなかなか発信できない。もしその魚について正確な情報がまとまっているなら、QRコードだけメニューの横にのせるようなやり方が僕には合っているのかもしれません」。

仕入れた魚を提供する場合、誰がどんな方法で獲ったのかも気になるところ。しかし日本において、水産物のトレーサビリティはほとんど確保されていないのが現状です。そこで指標となるのが、MSC※1やASC※2など水産物の「国際エコ認証」です。

中でも原田さんが今後扱っていきたいと考えているのが、以前、レシピ開発に携わったASC認証取得のベトナムの事業者による粗放養殖エビです。エサや抗生物質を与えず天然の環境のなかで養殖され、加工時に保水剤※3も使用していません。
「僕たちは朝方にパンの仕込みがあって市場に行けず、使う量もわずかなので、質の良い魚介類を仕入れるのが難しいんです。冷凍ならばストックが利きますし、味もとても良かった。まずは業務用冷凍庫を買うところから始めます(笑)」。

エビを使ったサンドイッチといえば、アボカドとの組み合わせが定番ですが、サステナブルなアボカドはまだとても少ないそう。「これからの定番になるような新しいエビサンドを考えたい」と原田さん。そのエビサンドが、海の今とこれからを雄弁に語ってくれるはずです。

※1 MSC……国際非営利団体「海洋管理協議会(Marine Stewardship Council)」による天然魚を対象とする認証。厳正な環境規格をクリアした漁業で獲られた水産物に与えられる。

※2 ASC……国際非営利団体「水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council)」による養殖水産物を対象とする認証。海をはじめとする環境や地域社会に配慮した責任ある養殖で育てられた水産物に与えられる。

※3 保水剤……解凍や加熱によるエビの形状や食感の変化を抑えるため、冷凍前のエビに注入される食品添加物。