養殖の魚って、結局どうなの?

「水産養殖の理解は本当に難しい」

と代表の佐々木が話すように、「水産養殖」と一言で言っても、その形態は非常に複雑です。私たちChefs for the Blueは、天然魚の危機について発信を続けてきた一方で、「養殖」、特に養殖魚については課題も多くあまり発信をしてきませんでした。

そんな私たちの背中を押してくれたのが、Chefs for the Blue理事でもある「カンテサンス」岸田周三シェフでした。

「ぜひ、大瀬戸水産さんの取り組みと養殖魚を知ってほしい。僕も使わせていただいています」

こうして出会ったのが、和歌山県串本町でマダイやイサキ、シマアジの養殖を手がける大瀬戸水産さんです。彼らは、「さかなファースト」の考えのもと、魚の美味しさと養殖業のサステナビリティの両立という、きわめて難しいテーマに本気で取り組む養殖事業者です。

天然魚の資源が減少する中、避けては通れない「水産養殖」。
2025年度一回目の勉強会は、Chefs for the Blueとして初めて「養殖とサステナビリティ」に正面から向き合った貴重な会です。単に知識を得るだけでなく、美味しさの裏側にある生産の工夫や現場の姿勢に触れ、私たちの視野も大きく広がりました。


養殖魚とサステナビリティ 日本が向き合う3つの大きな課題

日本の水産養殖業は、サステナビリティの観点で3つの課題を抱えています。

1つ目は、「稚魚の乱獲の問題」
養殖場に入れて育てるための稚魚を、自然界から漁獲していることが多いという現状があります。クロマグロやブリ等、人工種苗(稚魚)の生産技術が確立している魚種でも、コストが低い天然種苗(稚魚)が選ばれるケースも多々あります。

2つ目は、「海の汚染の問題)」
陸上養殖など一部を除き、水産養殖は自然の海にいけすを設置し、稚魚を育てます。海に流れるエサの食べ残しやフンが大量で、自然界の通常の分解速度を超えてしまう場合、それらが海底に蓄積することや富栄養化による海洋環境の悪化も問題となっています。

3つ目は、「餌材料の問題」
日本の養殖業で生産されている魚の多くは肉食性、もしくは雑食性です。よって、養殖魚のエサには、イワシなどの小魚から作る「魚粉」や「魚油」が多く使われています。特にマイワシやカタクチイワシについては、実は私たちが食べているのは、漁獲量のわずか2割であり、ほとんどが養殖の飼料などの非食用として利用されているというデータもあります。

※イワシを食べる重要性については、こちらのレポートもご覧ください。
https://note.com/chefsfortheblue/n/n2a944f6f7229


3つの課題すべてに向き合う養殖業

大瀬戸水産さんでは、これら3つの課題に真正面から向き合っています。


まず稚魚の乱獲の問題には、完全養殖された稚魚を仕入れる取り組みを行っています。「完全養殖」とは人工種苗から親魚を育てて採卵し、さらに人工種苗を育てることを続ける養殖方法で、天然資源を漁獲する必要がありません。

海の汚染の問題については、生け簀で飼う魚を少なくする「薄飼い」や、食べ残しの出にくい固形のエサの使用、水質調査の実施など複数の工夫を行っています。

そして特に注目すべきは、餌材料の問題への対応です。
養殖魚を食べられる大きさにまで育てるには、膨大な天然魚が必要です。資料によると、例えば一般的な養殖マダイの場合、マダイを2㎏サイズにまで大きくするには、10㎏ものカタクチイワシ(※生魚としての換算量)が必要です。

魚粉割合の低いエサを使うことで、天然資源への依存度は下げられますが、低魚粉飼料には養殖魚の食いつきが悪く、成長も遅いという課題がありました。

そこで、大瀬戸水産さんは魚がしっかり食べて、健康に育つための「低魚粉飼料」の開発を飼料会社とともに進め、成長の早い段階から低魚粉飼料を導入することで、食いつきや成長不良といった問題を克服してきました。

そのような取り組みの結果、大瀬戸水産さんでは、2キロのマダイを育てるために必要なイワシの量を3kgに抑える段階まで、魚粉への依存度を改善してきました。将来的には「魚2kg育てるのにイワシ2kg」で済むように、さらなる改良を進めているそうです。

※2kgのマダイを育てるために必要な、生のイワシの重量


シェフが求める養殖魚とは


30名を超えるシェフが集まった今回の勉強会。大瀬戸水産の取り組みだけでなく、養殖魚の質も知ってもらいたいと、勉強会後半には、試食会も開催しました。

料理を手がけたのは、メンバーシェフの【レストランMOTOI】前田元シェフ。大瀬戸水産さんが養殖する、マダイとイサキを、まずはシンプルにお刺身でいただきます。

(左:マダイ、右:イサキ)

次にいただいたのは焼き魚。こちらも、シンプルに塩のみの味付けでいただきます。

(手前:イサキ、奥:マダイ)

最後はアラや骨で取った出汁の炊き込みご飯。イサキの炊き込みごはんは、刺身の際にひいた皮をパリパリに揚げ、トッピングするという元シェフの粋な計らいが。

(手前:イサキ、奥:マダイ)
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和食、鮨、イタリアン、フレンチ、イノベーティブと、多様なジャンルのシェフが集まった今回の勉強会ですが、総じて、「養殖」という固定観念を覆すおいしさに、驚きの声が多く聞こえました。
中でも印象的だったのは、身質や脂の乗り、旨味の出方などについて、それぞれのジャンルの視点で「理想の養殖魚」についての議論が交わされたことです。大瀬戸水産さんが養殖する養殖魚は、柔らかい身質が特徴で、

「特に火入れを行う洋食ジャンルには向いていると思う」
などの声が聞こえました。
「多くのシェフに召し上がっていただく貴重な機会なので、もっと良くするための意見をいただきたい」
と大瀬戸水産の若いおふたりも前のめりに議論に参加し、それぞれのジャンルのシェフが求める養殖魚のクオリティについて真剣に耳を傾けていました。。養殖だからこそ追及できる、安定した美味しさがあるーーそんな可能性を知った時間でした。


水産養殖のもうひとつの課題、「脱走魚」のリスク

勉強会の中では触れられませんでしたが、水産養殖を語るうえで避けては通れないもうひとつの課題があります。同じ生物を育てる産業といえど畜産業にはないリスク、それが、「脱走魚」の問題です。

海にいけすを張って行う水産養殖では、台風や高波、網の破損などが原因で、いけすから魚が逃げ出してしまうことが多々あります。脱走魚をゼロにするのはまず不可能とも言われます。実はこの養殖魚の脱走が、海の生態系に大きな影響を与える可能性もあるのです。

特に問題となるのが、養殖魚と天然魚が交配してしまうことです。養殖魚は、より早く大きく、美味しく育つように、人の手で品種改良されてきました。それが野生の魚と交わると、もともと自然にあった遺伝子のバランスが崩れてしまう可能性があります。
また本来は日本の海にいない魚種、もしくはその海域にいない魚種、さらには人間が作り出した新しい魚種がいけすから脱走すれば、生態系にとって甚大な脅威になり得ます。記憶に新しいところでは、近畿大学が開発したクエタマという人工交雑種の、鹿児島湾での大規模脱走があります。

天然魚が減っている中、安定出荷を可能にする水産養殖はなくてはならない技術ですが、対策を考えなければならない課題も多く残されています。
自然界とどう共存していくのか、どのようなかたちであれば持続可能で、美味しい養殖魚を育てられるのか。「養殖」を単に否定するのではなく、可能性とリスクの両面から、考え続けていきます。

大瀬戸水産のおふたり、そしてご紹介いただいた岸田シェフ、貴重な機会をありがとうございました。