
「将来は、学校のような学びと共有の場をつくりたいです。Chefs for the Blueの活動は、一方通行ではなく双方向のコミュニケーションを通して広がることが必要です」
C-BlueインタビューVol.28は、Chefs for the Blueの理事で「No Code」を主宰する米澤文雄さんです。西麻布のメキシカンフレンチ「No Code」など、国内外でレストランを運営しながら、食にまつわるさまざまな活動にたずさわっています。料理人と食の可能性を広げる挑戦をつづける米澤さんに、10年目を迎えるChefs for the Blueの活動への思いを聞きました。
東京・浅草に生まれた米澤さんは、小学生のころから、料理を手伝うことが好きだったといいます。ほうれん草のごま和えが食卓に並ぶ日には、ごま煎り器でごまを煎るのが米澤さんの役目でした。「パチパチと音がして、香ばしい香りがしました」と懐かしそうに振り返ります。
料理人の道を選んだのも、母親の「料理が好きならコックさんになればいいんじゃない」という一言がきっかけでした。煮干しで出汁をとり、ぬか漬けをつくり、おやつにはアップルパイやスイートポテトを焼く。そんな母親の手料理が「すごく好きだった」と言います。
米澤さんは高校を卒業後、都内のイタリア料理店で修業をはじめ、その6年後にはと米し、ニューヨークの「ジャン・ジョルジュ」で働きます。それから8年経った2010年に帰国。「ジャン・ジョルジュ トウキョウ」の立ち上げに携わり、料理長を務めたのち、2018年に青山で「The Burn」のエグゼクティブシェフに就任します。
Chefs for the Blueの勉強会に参加しはじめたのはその前年のこと。「レストランで日々、魚介類を扱うなか、値段が上がるとともに、入手しづらくなっていることを感じていました。娘たちの未来や、日本の食文化の未来を考えると、不安を感じました」
それ以来、米澤さんはChefs for the Blueのさまざまなプロジェクトに積極的に関わり、その後立ち上がる飲食業界を主対象としたオンラインコミュニティ、「THE BLUE COMMUNITY」の運営には、中心メンバーとして携わっています。
これまでの10年間について、「代表の佐々木が活動に費やした10年という時間が、まわりの人を動かし、世論を動かし、活動に光が当たるようになりました。僕は、自分のできることで佐々木を支える立場です」と話します。
米澤さん自身も、活動を通じて良い刺激を受けているといいます。そのひとつが、2023年の第一期でメンターシェフを務めた「THE BLUE CAMP」。大学生や専門学生がシェフたちの伴走を受けながら、座学やフィールドワーク、レストラン研修を行うプログラムで、米澤さんは「相手の気持ちになって考え、コミュニケーションのとれる素晴らしい学生たちが集まっている」と嬉しそうな笑顔を見せます。
「サステナブルシーフードを広めるには、『あの魚を獲ってはいけない』と話すだけでは伝わりません。関係する一人ひとりの置かれている状況を考えながら、言葉を選んで説明することが大切です。THE BLUE CAMPの学生たちには、それができる。そういう人たちが増えると世の中はきっとよくなるはずです」
2026年6月には、米澤さんの念願が叶い、Chefs for the Blueの食品ブランド「THE BLUE DELI」から初めての商品、大西洋クロマグロの未利用部位である尾の身を使った瓶詰めが発売されます。米澤さんと、「慈華」の田村亮介さん、「恵比寿えんどう」の遠藤記史さんがそれぞれレシピを考案した3種類のテール煮が入ったセット商品です。
「『このままだと魚が大幅に減ってしまいます、大変です』と伝えるだけでは、『そうなんですね、大変ですね』で話が終わることがあります。でも、僕たちはシェフなので、たとえば資源を守りながら漁を行う”志ある漁業者さん”が獲った魚、しかもあまり使われない部位をこういう風に調理をすると美味しく食べられます、と提案できる。こんなに美味しい魚が、この先食べられなくなるのは寂しくないですか、だから資源管理をして未来につなげていきましょう、そう伝えるために商品をつくりたいと思いました」
将来は、Chefs for the Blueで「学校のような学びと共有の場をつくりたい」といいます。これまで蓄積した知見を世の中に広め、魚のことだけでなく、シェフに欠かせないコミュニケーション力も学べる場にしたいと考えているそうです。
米澤さんは2022年、西麻布にレストラン「No Code」をオープンしました。その後、店舗を増やし、海外にも進出。台湾に次いで、いまは米国での出店に向けた準備も進めています。
レストランの厨房で料理をするだけではなく、いろいろな人と出会い、刺激を受けながら仕事をしたい──。ニューヨークで働いていた頃からそう考えてきた米澤さんは、いま理想の働き方に近づいているといいます。仕事をするうえで大切にしていることを尋ねると、こう答えてくれました。
「仕事の話をいただくと、よほどのことがない限り断ることはありません。いつもチャンスの神様が来る隙間を空けるようにしているんです。『やります』と答えた仕事のどれかに、次の仕事につながるチャンスが潜んでいることがあります。それから、人に真摯に接することを心がけています」
Chefs for the Blue以外にも、米澤さんには長年続けてきた活動があります。それは、病気や障がいのある子どもたちとその家族のために料理をつくること。
弟の達也さんがダウン症であることから、これまでも達也さんの暮らす施設や「ドナルド・マクドナルド・ハウス」で料理を提供してきました。No Codeでも、障がいを持つ子どもとその家族を招く食事会「HAJIMARI at No Code」を開催しています。
「立派なことをしているとは思っていません。でも、すごく感謝されることがあります。そんなとき、シェフという仕事はやっぱり素晴らしい仕事なんだと、思い返させてもらえます」