
昨年に引き続き、水産資源の回復と食文化の維持継承に向けた提言書を、小泉進次郎農林水産大臣および森健水産庁長官に提出しました。提言書では、課題意識や政策への提言に加えて、水産物調達の現状に関して料理界から集めたアンケート結果(約1,300件)を公表しました。
参加シェフ
【カンテサンス】岸田周三 【日本橋蛎殻町すぎた】杉田孝明
【てのしま】林亮平 【チェンチ】坂本健 【茶禅華】川田智也
提言の内容(概要)
<水産物をめぐる現状>
①世界に誇る日本の魚食文化
日本は世界15,000種中3,700種もの魚が生きる恵まれた海を持ち、400種類の多様な魚を使った料理が、国民の命と健康、暮らしの豊かさを支えてきた。漁業・流通・小売の事業者が技術のバトンをつなぎ、観光を含む外食が裾野を形成するこの魚食文化は、世界に誇る「文化資産」であり、さまざまな経済循環や雇用を生む「経済基盤」でもある。
②食料安全保障 — 天然魚は日本で唯一「自給可能」なタンパク質源
日本のタンパク質供給は、牛肉12%・豚肉6%・鶏卵13%・大豆7%(飼料自給率を考慮した実質自給率)と構造的に自給困難な中、天然魚は飼料・土地に依存しない、日本で唯一「自給可能」なタンパク質源である。日本は世界第6位のEEZ(国土の12倍)を擁し、多様な魚と向き合ってきた魚食の技術と歴史を持ち、1964年度には食用魚介類自給率113%を達成した実績もある。輸入依存リスクが高まるなか、自給可能な天然魚資源の最大活用は、日本の食料安全保障政策上の不可欠なパーツと言える。
③経済成長—水産物は日本経済の「見えない」成長エンジン
水産物の価値は、漁業産出額(1.6兆円/2024年)だけでは測れない。水産物は、国内バリューチェーンを経て価値が一次出荷価格の7.2倍(外食)に膨らむ高付加価値商材であり、2024年の外食産業市場規模約26.2兆円のうち、水産物由来は約7.3兆円(試算値)に及ぶ。2024年のインバウンド訪日客の82.8%が「日本食を食べること」を期待して、また33.3%が最も期待して訪日しており、ミシュラン東京/京都・大阪2026の星付き339店のうち約65%(221店)が魚食中心ジャンルである。発達したバリューチェーンと料理人の卓越した技術に支えられた魚食は、他国が容易に模倣できない日本のキラーコンテンツだと言える。
④ 広がる飲食店の水産物調達難
ところがいま、この魚食文化を支えてきた飲食店で水産物の調達難が続いている。Chefs for the Blueが2025年5月に実施した飲食店アンケート(全国1,301名)では、「市場の物量減」が95.2%、「仕入れの今後に危機感がある」が98.2%という結果となった。流通する魚種・物量の激減と価格高騰により仕入れが格段に難しく、多くの事業者が将来への強い危機感を抱いている。”バトンをつなぐべき”担い手の魚離れは文化存続の危機であるだけでなく、技術継承の途絶による経済基盤の喪失と国内サプライチェーンの空洞化という観点からも極めて深刻である。
<課題と問題意識>
課題①(生産フェーズ) 科学的資源管理の不徹底と沿岸資源の激減
2020年に科学的資源管理を掲げた改正漁業法が施行されたものの、以降も減少トレンドに歯止めはかかっておらず、海面漁業の漁獲量は1984年ピークの1,151万トンから278万トン(2024年)へと76%減少した。食用魚介類自給率も1964年度の113%から半減し、近年は5割台で推移している。とりわけ高い付加価値が望める沿岸魚種の多くで、科学と連携した資源管理が不十分なまま減少が続いており、江戸前鮨の鮨だね62種のうち、科学的根拠に基づいた漁獲量管理の対象は9種のみ。インバウンドを惹きつけてきた江戸前鮨の未来は危機的状況にある。
課題②(流通フェーズ) 水揚げ後の配分の歪み — 非食用化と輸出偏重
水揚げ後の魚の使い途にも、深刻な歪みがある。マイワシの81%(漁獲1位)、サバ類の60%(同3位)が養殖飼料等の非食用に回され、物価高騰下、手頃なタンパク質源が国民の食卓から遠ざかっている。特にサバ類は、資源の再生産を妨げる未成魚漁獲が常態化しており、非食用利用に加え総漁獲量の28%が安価に輸出されている。一方で大型魚をノルウェー等から高値で輸入する矛盾も生じており、漁獲構造の抜本的見直しが急務である。さらに、政府の成長戦略の中心軸が輸出に置かれているため、成長指標が輸出額に偏り、水産業が起点となる国内バリューチェーンの価値は「見えない経済」のまま放置されている。バリューチェーン上流での輸出は、本来国内で生まれるはずの「付加価値や雇用ごと」流出することに他ならない。
課題③(消費フェーズ) 消費構造の変化に遅れる政策 — 外食・観光との連携不足
水産白書(令和元年版)も、「水産物消費は、家庭内での調理から調理食品や外食に比重が移ってきている」と指摘している。外食産業の水産物需要は大きく(市場規模26.2兆円のうち水産物由来約7.3兆円)、訪日外国人の飲食費消費額は2兆688億円、うち寿司を食べた人は68.3%にのぼる。にもかかわらず、外食・中食・観光分野での消費実態分析は限定的で、水産政策と外食・観光政策の連携は乏しく、生産と消費をつなぐトレーサビリティの導入も遅れている。日本のキラーコンテンツである魚食=観光資源の劣化は、インバウンドを軸とする観光立国・地方創生戦略の根幹を揺るがしかねない。
<政策提言:5つの具体的措置>
1. 沖合資源に続く、沿岸資源管理の科学的強化(課題①)
水産試験研究機関(水産研究・教育機構、都道府県の水産試験場)に対し、沿岸の魚の資源調査・研究のための専用予算を新たに10年計画で倍増する。これまで十分に光が当たってこなかった沿岸の魚には、外食産業で人気が高く付加価値の高い魚や、観光資源として地域経済を支える魚が多い。科学的なデータに基づいて沿岸の資源を管理することで、一刻も早い資源回復をはかり、水産バリューチェーン全体の経済成長につなげる。
2. 天然水産物の食料安全保障上の戦略資源化と、食用優先の資源配分制度化(課題②)
天然の水産物を、日本の食料安全保障に欠かせないものとして位置付け、実効性ある形で食料自給率の向上を図る。具体的にはサバ・イワシなど多獲性の魚について、食用への優先供給を制度化し、物価高のなかで手頃な国産魚を食卓に取り戻す。またクロマグロの資源回復成功例を参考に、漁獲できる最小サイズの規制などを導入し、小型で未成熟なサバに偏る漁獲を改め、資源の回復と食用大型サバの増加を両立させる。養殖(肉食魚)の飼料は魚粉・魚油の使用を減らす取組を進め、10年で依存度を今の半分以下に引き下げる。
3. 「水産物国内付加価値額」の政策KPI化(課題②③)
水産業の成長を測る指標として「水産物国内付加価値額」を新たに加え、水産基本方針に明記する。漁業の産出額に、水産加工業・流通業・水産物関連の外食や観光業の付加価値額などを足した、水産業全体(バリューチェーン)が生み出す付加価値の総額を毎年度公表し、水産物が日本経済にもたらす貢献を見える化して国家戦略に組み込む。あわせて、資源管理を最優先としたうえで、「国内の事業者・消費者への安定供給」を政策の優先事項として水産基本方針に明記する。
4. 水産トレーサビリティ基盤の整備(課題②③)
「農林水産業・食関連産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)」施策と連携し、生産情報・資源管理情報のデジタル化と流通経路の透明化を進める。漁業者・漁協・産地市場・加工・消費地市場・小売・外食までのサプライチェーン各段階で、ブロックチェーン等を活用した低コストな情報伝達の仕組みを実装し、資源管理に取り組む漁業者を可視化する情報基盤を整備する。事業者・消費者による持続可能な水産物の「選択」を通じて生産者の取組を支え、水産資源の回復につなげる。予算措置を講じる。
5. 外食・観光との連携による魚食基盤の強化(課題③)
国産水産物の価値を最終的に引き出す最前線にいるのは、外食や観光の現場で活躍する料理人である。この日本の強みを最大限に活かすため、「外食・観光×国産水産物」の連携を進める。水産基本計画・観光立国推進基本計画・地方創生総合戦略の三つの計画にまたがる政策パッケージとして外食・観光産業との連携を位置づけ、シェフ団体・漁業者・水産研究機関・観光事業者・行政などが参加する話し合いの場(ラウンドテーブル)を定期的に開催する。





